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初めて「愛鳥闘病記」を読まれる方は、最初に「闘病日記を読まれる前に読んで欲しい事柄」をご覧の上、「自己責任」にて読んで下さいますようお願い致します。特に「写真等苦手な方は」スルーされる事をお勧めします。 
  1. 鳥のトリコ〜何から何まで「鳥がポイント」〜
  2. ■愛鳥闘病記ー頑張ってます!!
  3. 〜【愛鳥闘病記】:くららちゃん、頑張りましたー訃報のお知らせ〜

2014年11月25日

〜【愛鳥闘病記】:くららちゃん、頑張りましたー訃報のお知らせ〜


注)今回は複雑事情のある写真が複数枚掲載されています。
かなりの長文になっていますので、ご了承くださいマセ・・・。

こんにちは。
前回日記を更新して以来、ずっとくららちゃん・パルちゃんの介護に忙しくて、なかなか日記を書く事が出来ませんでした。
ようやく少し落ち着いたので更新を〜と思っていた矢先、皆様にお知らせしなければならない出来事が・・・。

これまでずっと長い間【愛鳥闘病記】を書き綴り、応援して貰っていたジャンボセキセイのくららちゃんが、先日11/22日(土)、お昼位に息を引き取りました・・・
享年10歳8ヶ月と1日。 

9 ブランコに頭を乗せています.JPG
↑亡くなった後お別れまでの間、ここ数日よくいた場所にそのままの姿で横にして寝かせておいた姿です。

かかりつけ医には腫瘤が初めて見つかった時に、「こうした腫瘤を持つ子は大体1年まれに長かった子で1年半生きた子もいます」と余命説明を受けていました。

その言葉通り(?)腫瘤が初めて見つかってからはほぼ1年半本格的な治療が始まってからは(ブログでは昨年12月から本格的に闘病日記を書き始めていますが、本当はブログ休止中の10・11月からになります)ほぼ1年丁度の闘病生活の末の、大往生・寿命・逝去でした・・・。

8 まるで生きているみたい.JPG
↑沢山ナデナデして・「頑張ったね」と声をかけてお別れをして、でもどうしてもお別れする事が出来なくて、1日そばに置いておいた時の写真です。いつもいるその場所・姿のままなのでまるで生きているようで、ますます別れがたくなってしまいました・・・。

御報告が遅れたのは、私自身がまだくららちゃんが亡くなった事を受け入れる事が出来ず、日記を書く事が出来ずにいたからです・・・。
けれど、あまり日が経ってから書く事もまた出来ず、今回ご報告する事となりました。
まだ心の整理がつかない中での日記なので、乱文・意味不明な所もあるかと思いますが、どうかお許し下さいマセ・・・。

・・・朝、いつも通りに起こした時には少し元気が無いながらもいつも通り「お早う」のご機嫌鳴きをしてくれて、ケージ掃除中は珍しく主人が差し出したエサ入れから交換したてのエサをほんの少し食べた後、主人の手の中でまったり状態。

ここ数日、鼻に鼻水が溜まってグジュグジュしていたので、体調を考慮しつつも呼吸が苦しくならないように、主人に保定をお願いして少しだけお鼻の洗浄と鼻の穴を広げる補助をした日でもありました。

ケージ掃除が終わった後は、私の手の中でお気に入りの姿勢になり(自主的に手の中でこの姿勢になります)大好きなコリコリをずっとしてもらいながら目をつぶってうっとり状態。(いつまでも続きます。) 

5 コリコリされている姿を思い出す写真.JPG
↑亡くなった後、最後に〜と、コリコリされている姿を再現した写真です。生前に動画を撮っておけば良かったです・・・。

その後いつも通りケージに戻したくららちゃん。 
28 暫くパルちゃんの横に置く.JPG
↑移動するだけの筋力が無くなっていたのかな・・・?今思い返せば、亡くなる数日前からこのブランコで寝ている事が多かったくららちゃんでした。上の方(くららちゃんから見れば右側)にある、それまでずっと定位置だったもう一つのピンク色のブランコ(リンク先はまだ完全リフォーム化していない頃のものですが)に行く事も少なかったような気がします。

ケージを鳥ラックの定位置に戻しても、食事量は少なかったものの自分でご飯を食べ、最近よくいる白いブランコの場所でくつろいだり、またエサを食べに行ったりの繰り返しでした。

14 同亡くなった時のケージ内写真.JPG
↑こちらが最終的に落ち着いたくららちゃんの闘病用ケージです。ブランコをリフォームしたり・足場の移動段差を少なくしたり・・・。ギリギリまではピンクのブランコがお気に入りの場所でしたが、徐々に白いブランコの無かった場所で時々寝るようになったので、白いブランコを追加したのは11月に入った頃と最近です。

その時何気なく、ここ数日間気になっていたくららちゃんの状態を相談させて頂こうと、かかりつけ医の診察時間30分前・電話相談受け付けの時間だったので電話させて貰いました。
いつもは受付時間のタイミングを少しでも逃すと30分ずっと繋がらない状態が続いて診察時間が始まってしまうのですが、今回は診察時間ギリギリ5分前に繋がりました

先生は私の話を全て聞いた後で、

  • 「くららちゃんは闘病していなくても、ジャンボでは大往生の寿命で弱ってきていると思います。」
  • いつお迎えが来ても不思議では無い年齢と状態です。」
  • 「出来る事(ケージレイアウトのリフォーム・腫瘤カバー作成と軟膏薬治療・(最近は)時々にしたフォーミュラーの補助・排便の補助・食生活全般等々)は全てしておられるので、出来る事は、もう給仕を再開する事位しかない(食事の補助位)ですね・・・。」
  • 今日・明日にでもお迎えが来てもおかしくない状態だと思われた方が良いかもしれないです。」
  • 「本当に良く頑張ってここまで来たので、そろそろ覚悟(心の準備)をしておいた方が良い時かもしれませんね・・・。」

と言われました。


私も心のどこかでそう思ってはいた事。
でもまだまだ先だと思いたかった自分。

そうして体重が落ちていたのでフォーミュラーの給仕補助を再開する事を決意
「今日のお昼からフォーミュラーの補助をさせてね。」「またお昼ね。」と言って仮眠を取ったいつも通りの朝。(自身の病状柄、昼夜逆転生活なので)

💡お昼といっても12時の事では無く、くららちゃんが朝食を食べて、「そろそろ自力で糞をしているか・補助が必要か」という見極めの時間=15時頃の事を我が家ではお昼と言っていました。

・・・けれど、その「またお昼ね」が来る事はありませんでした・・・。

この日に限って体がだるく体を起こす事が出来なくて、ついつい寝坊をしてしまった私。
そんな時、先に起きていた主人が「くららちゃん!?」「くららちゃんが!!」と叫んだ声で慌てて起き上がり駆けつけました

いつもは私が寝坊をしても体調を崩して起きる事が出来なくても、必ず先に起きて15時頃にはくららちゃんの様子を一度は確認する、鳥部屋兼居間でごろ寝の主人。
その主人が何故かその日に限って鳥部屋兼居間ではなく別の部屋で寝ており、(起きてはいたものの)くららちゃんの様子をチェックする時間が遅れ、ふと見に行った16時半頃、すでにくららちゃんはケージの中で息を引き取っていたのでした・・・。

主人も初めは「いつも通り寝ている」と思うほど、亡くなったとは思えない姿だったそうです。
様子は見なかったものの、亡くなる前に起きるような神経障害の発作等を起こしたような大きな物音などもせず、とてもケージは静かだったそうです。(それでいつもと変わらない〜と思ってしまったのかも・・・?)

23 秀雄さんが見たくららちゃんが亡くなった時の状態再現.JPG
↑主人が見つけた時のくららちゃんの状態は写真のようだったそうです。亡くなって直ぐには当然撮る事なんて出来ませんので、後から主人に教えてもらいました・・・。

27 同別角度から.JPG
↑私が駆けけた時には既に主人の手の中だったので、亡くなって直ぐのくららちゃんの状
態は分かりませんでしたが、後で主人が辛い中「こういう状態だったよ」と教えてくれた、くららちゃん最後の姿です。

ケージを見ると糞も自分でしており、「自分で出来たんだなぁ」と・・・。
「糞をするだけのエサは食べる事が出来たのかな?」と思いました。

12 くららちゃん最後の糞.JPG
↑最近は補助をする事も無く、こういった中サイズの糞を定期的に自分でしてくれていたくららちゃんでした。ただ糞や尿の色等気になる点はありましたが・・・。 

26 別角度から.JPG
↑最後の気力でエサを食べ、お水を飲んでブランコに戻る途中で息を引き取ったのでしょうか・・・。丁度エサ箱・水入れとブランコの間で横たわっていたそうです。

くららちゃんに触れた時、保温強化していたせいもあるとは思いますが、まだ体は温かく、羽毛もフサフサ・モフモフ
腫瘤もカバーごと暖かくて、本当にただ眠っているだけで再び起き上がってくれるのではないかと思うほど変わらない様子でした。 

5 腫瘤カバーと共に.JPG
↑腫瘤もそのまま温かくて、いつも嚢胞を考慮してあまり出来なかった「握コロ」をしても、柔らかくて腫瘤がくららちゃんのお腹の上でコロリンコロリンしていました。

1年半も一緒に闘病生活して・介護して頑張って来たのに、どうしてこんな大事な時に限って起きる事が出来なかったのか・・・。
もし15時にいつも通り起きていれば最後を看取る事が出来たかもしれないのに・・・
「この日に限って〜」がどうしてこうも重なってしまったのか・・・。

主人は「この様子だと、多分12時位、朝寝た後少しで息を引き取ったんじゃないかな?」「多分15時に見た時にはもう息を引き取っていたんじゃないかと思うよ。」と言いました。

8 全身写真.JPG
確かに保温強化をしていたので、いつまでも暖かいくららちゃんではありましたが、体の様子では息を引き取って間もなく発見〜という感じでは無いのが分かりました。
黄色の丸で囲った部分ー闘病生活以前からずっと、なかなか伸びずに筆毛のまま抜けてしまっていた尾羽でしたが、珍しく抜ける事無く綺麗に伸びて立派になりつつあったのに・・・。

それでも「どうしてこの時に!?」と悔やんでも悔やんでも悔やみきれません・・・。
「もしかすると看取ってあげられかもしれないのに。」「いつも通りの時間だったらまだいつ位に亡くなったのか分かってあげられたのに。」

時には「介護も大変」と思う時もありましたが、それも「くららちゃんが生きていてくれているからこそ。」「今頑張ってくれているからこそ」頑張れる事でした。
我が家に来て10年、腫瘤や卵巣嚢胞・骨の変形で飛べない事等、色々とあっても、くららちゃんがいてくれたからこそ喜びも楽しみもあり、癒されつつの介護でした。

そんな沢山の想い出をくれたくららちゃんなのに、どうして10年も一緒にいて、最後の最後だけお別れすることも出来ずに1羽で逝かせてしまったのか・・・
最後がこんなお別れだなんて信じたくないよ・・・。

毎日伝えていた言葉ではあったけれど、最後の最後は看取ってあげる事が出来て・今まで以上の感謝をして・「闘病頑張ったね。」の言葉をかけて、これまで全部の想いを伝えたかったのに・・・。


多分、「くららちゃんはまだいてくれる。」「12月も一緒に迎えられるかな?」なんて気持ちの油断があったのだと思います・・・。

1週間ほど前にも、不安がるパルちゃんの診察で地元の鳥に詳しい女医さんのいる病院へ行く際にも、付き添いとしてドライブ好きのくららちゃんを連れて行ったばかりでした。
その時もご機嫌でずっと鳴いていて、パルちゃんも安心。
女医さんも「この子は本当に元気で頑張っているわねぇ。」なんて言って下さって、チラッと「もし腫瘤を取る手術をするとしたら〜」なんて話も出たくらいでした。 

5 横から見たカバー付きくららちゃん.JPG
↑ジャンボらしくカバーを付けても気にせずおっとりマイペースな生活だったね。この時は尾羽がまだ生えては抜け〜を繰り返している状態だったので、尾羽の無い短い状態だと分りますね・・・。本当に亡くなる最後に尾羽が綺麗に伸びてきた、という感じです。
長いようであっという間の10年間
介護も1年半だなんて言わずにもっとしたかったよ・・・。
一緒にいたかったよ。(くららちゃんは辛かったのかも知れないけれど・・・。)

最後の最後で見守ってあげる事が出来なくて、本当にごめんなさい。
くららちゃんは一生懸命頑張っていたのにね。
もしかしたら待っていてくれていたかもしれないのにね・・・。

伝えられなかったね、「今日も頑張ったね」では無くて、「最後までよく頑張ったね。お疲れ様」という言葉。

悔やんでも悔やみきれない、思いもよらない最後を迎えてしまいました
でも、それでもくららちゃんと一緒にいた10年間と、1年半の介護生活は忘れられない一生の宝物だよ。
闘病日記も同じ病気で闘病している鳥さんと飼い主さんの役に立っているってかかりつけ医に言われたよ。(レイアウトやカバーが^^;)

残った3羽ももう10歳超えの子ばかり。
最後まで大切にお世話するからね。
暫く立ち直れそうもないペットロスのような気持ちだけれど、いつか立ち直るから心配しないで休んでね。

いままで闘病生活頑張ったね、お疲れ様。
もうゆっくり休んでね。
そうして最後にもう一度、「ごめんね・・・。」

ここまで読んで下さり有難うございました。
どうしても悔いが残ってしまい、色々と書いてしまいました。
くららちゃんのまだ書いていない嚢胞性卵巣疾患=卵巣嚢胞の治療の続き・亡くなった後に撮った写真・亡くなった後で初めて分かった腫瘤の重さ等々、書きたい事は沢山ありますが、また次回何度かに分けて書きたいと思います。

私の気持ちの整理日記でもあるので、興味のある方だけ来て下さいマセ^^;。

・・・という事で、くららちゃんはいなくなってしまいましたが、まだまだくららちゃんやパルちゃんの闘病日記は続きます・・・m(__)m。
懲りずに来て下さると嬉しいです。

 ↓良かったらポチッとしてくれると嬉しいです。
   





posted by うず惚れ at 07:02 | Comment(6) | TrackBack(0) | ■愛鳥闘病記ー頑張ってます!! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
くららちゃん、お疲れ様でした。

我が家でも今年の夏にペットショップでジャンボセキセイを買い(…ジャンボといっても40gあるかないか程度の子ですが…)、買った後でネットで情報収集し、うず惚れさまのブログを発見。この数ヶ月、闘病日記を拝読させていただいておりました。
かかりつけ医の先生のおっしゃる通り、うず惚れさんの書かれる闘病日記はとても参考になります。うちの子はまだ幼いですが、この子の10年後のための覚悟ができてきたような気がします。(くららちゃんのように長生きしてくれれば…の話ですが。)

数ヶ月、ただ闘病日記を読んできただけの私でさえ、くららちゃんの訃報にはショックを受けました。うず惚れさんのお気持ちはどれほどか想像もできません。うず惚れ家に来て、くららちゃんが幸せだったことは間違いないと思います。
これからも応援しています。

Posted by ひろ at 2014年11月25日 11:54
>ひろさんへ
初めまして。
温かいお言葉にただただ泣くばかりです・・・。

ひろさんの所でもジャンボちゃんをお迎えしたんですね。
ジャンボさんはまた違った魅力が沢山あるので、是非魅力を堪能されて下さいね。
長寿インコちゃんになりますように・・・。

折角来て頂いたのに、突然悲しい日記からですみませんでした。
もっとくららちゃんの魅力を書けたら良かったのですが・・・。
ひろさんの所のジャンボちゃんは健康で長生きしてくれますように。

まだくららちゃんの亡くなった後の話や、腫瘤が見つかった時のケージレイアウトの話など書いていない事も沢山あり、心の区切りとして全て書いて終わらせたいと思っています。

良かったらまた見に来て下さると嬉しいです。
初コメントで温かいお言葉、本当に嬉しかったです。
心から感謝しています。
有難う御座いました。
Posted by うず惚れ at 2014年11月29日 07:30
くららちゃん。よく頑張ったね。お疲れ様でした。虹の橋を渡ったら…元気に羽ばたいてね。くららちゃんの事は私も忘れないからね(涙)
Posted by 沙紀 at 2014年11月30日 00:00
>沙紀さんへ
こちらへもコメント有難う御座います。
今の私には皆様のお言葉が、何よりも癒しになり嬉しいです。

くららちゃんは10年間一緒にいましたが、1年半の介護生活の印象が強くて、腫瘤にカバーを付けた時の姿が=くららちゃんという気持ちです。
昔の写真を見て「こんな普通の(?)姿していた時もあったんだなぁ」なんて・・・。

良かったらまだくららちゃんの書いていない闘病日記を書きつづりたいと思いますので、思い出も兼ねて見に来て下さると嬉しいです。
コメント、本当に嬉しかったです。
Posted by うず惚れ at 2014年11月30日 02:08
うず惚れさんへ

まずは、くららちゃんのご冥福をお祈り申し上げます。

久しぶりにのぞかせていただいたら・・・お別れの時を迎えられていたのですね。言葉がみつかりません。

どうぞ悔やまないでください。
そっと旅立ったくららちゃんは、飼主さん思いの心優しい鳥さんです。
Posted by たまのし at 2014年11月30日 19:35
>たまのしさんへ
来て下さり有難う御座います。
折角来て頂いたのに、訃報日記ですみませんでした・・・。

くららちゃんが「来てね」と呼んだのでしょうか・・・。
いずれにしてもたまのしさんのお気遣いのお言葉、とても心に染みました。

未だ立ち直る事が完全には出来ていない私ですが、これからも鳥日記を書いて行きたいと思いますので、良かったらまた来て下さいね。
本当に有難う御座いました。
Posted by うず惚れ at 2014年12月03日 03:51
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